世界を変えたいとな?ならば環境をデザインしてしまおう「人工環境」

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ようこそ、ようこそ、ようこそ!
KAIDENDOの中村卓矢です。

前回(ブームをつくりたい?ブームが起きるメカニズムを考えてみた)までのあらすじ。

仲間内のブームであれ、社会現象であれ、科学現象であれ・・・
望む現象を発生させたいなら、
「望む現象が起きるように仕向ける環境を設計しよう!」
「コツは遊びみたく楽しかったり、自然環境化すればそうせざるを得ない状況を作り出せる」
とお話しました。
でも、環境といっても大雑把過ぎるので、
もう少し整理をしてみたいと思います。

まとめ

環境には大まかにわけて、
自然にそうせざるを得ない自然環境、
意識してある程度つくることができる人工環境がある。
望む現象を起こしたいならば、
自然環境という縛りの上で、
人(心)」「強制システム(法律・金など)」「創造物(テクノロジーなど)
を絶妙なバランスで調合して望む現象が自然体で起きるように仕向ける人工環境をつくればいい。

変化の起こし方はケースバイケースではっきりとは説明できない。わからない。
過去の成功例もすぐ廃れ使えなくなるので、
自力で探さないといけない。

だが不確定さを受け入れた上で、あえて言うならば、
21世紀は激動期なので、改変が起こしやすい状態。
中でも創造物(テクノロジー)による変化が一番強力。
しかも創造物は自然環境みたいにナチュラルにそうせざるを得ない状況を作り出すことが可能だ!
だから、まずは創造物(テクノロジー)でそうせざるを得ない状況をつくってしまおう。

つくれない環境とつくれる環境

「望む現象が起きるように仕向ける環境を設計しよう!」
しかし、ちょいと待って欲しい。

人は全知全能な神様ではないので、
全ての環境を自由自在につくれるわけではない。
絶対逆らえない部分と変えられる部分があるからだ。
そこを見分ける必要がある。
「というか、『 環・境・! 』 『 環・境・! 』
いっているけど、環境ってそもそもなんなの?」
という疑問もわいてくる。
辞書曰く、環境とは「対象(人や生物)を取り巻く周囲の状況」という意味だ。
だから、この言葉は実に多くのことに当てはまる。
環境と言うとよく「緑豊かな自然」とか「破壊され汚染された自然」がすぐ思いつくが
それも数多ある環境の一つに過ぎない。
人間関係もそうだし、科学の実験もそうだし、属している組織や業界もそう。

環境といっても色々あるが、
人間が影響を与えられるという視点に絞っていえば、
大まかに言えば2つに分けられる。

意識をしても逆らえない自然環境

一つ目は自然環境
人類が徒党を組んで逆立ちしたってどうにもできないくらい強力な自然世界の環境のことで、最も絶対的な原則やメカニズムで世界を形作っている。
具体的に例えば、熱力学の法則や
質量保存・エネルギー保存の法則みたいなもの。
規模がデカすぎてコントロールできないもの。天気や地震や天体の動きとか。
よくわからない未知なるメカニズムや現象もこれに当てはまる
(察知できなかったり解明できなければどうにもならぬ故に)。
科学がさらに発展すればこの絶対原則も変化するかもしれないが、
それは、アインシュタインみたいな人が1万人いても不可能かもしれない程に難しいので、
とりあえず、この自然環境の原則は一旦は受け入れざるを得ない。

何がすごいってこの環境から発生している原則は非常に強力強大で、
自然環境を逸脱するものは存在することができないし、
とる行動もまた無意識的かつ自然に規定されている。
言葉による説得も教育や洗脳や脅しもいらぬ。
自然体という言葉の意味通り、
もう意識して力んで努力しなくても自然にそうなってしまうっ・・・!!!!

例えば、人類を含む全ての生物はエネルギーをもらって体を動かすという具合に。
エネルギーなしで生きている生命なんてみたことない。

「よし、エネルギーなし(飲まず食わず酸素なし)で生存すっぞ」
と意識したところで、どうこうできる問題ではない。
「いやいやいや無理無理無理だって!それはアカンて。死んじゃう!!!」
この自然原則の前では法律や制度なんてもう
その辺の転がる石コロみたいなものだ。
そう考えると・・・おそろしや。

あらゆるものは自然環境という天然デザイナーによって
デザインされて存在しているといってもいいのかもしれない。

簡単にまとめて言えば、自然環境は変化を起こすゲームをする上で絶対破れない
大大大大大大前提の最低限のルール(というか破ることが物理的にできない)と思ってくれればいい。

やればできるかも?人工環境

2つ目は人工環境だ。
自然環境とは違い、ある程度は人の手で影響を与え造り変えることができる環境だ。
自然原則を守った上で行われる変化しやすい環境といってもいい。
この人工的環境ではいくつもの変化する無数の要素が互いに影響を与えあっている。
三つ巴の三国志をもっとカオスな感じにしたみたく。
変化する要素についてはこの後で説明するが、
それぞれの要素が互いに結びついて影響を与え合い、
化学反応が勃発した結果、現象が発生する。

例えば、農業ができるようになって人々は定住し人口増加現象が発生した
といった具合に。
人にできることはこの人工環境を変えることだけだ。

いかに人工環境をいいものにするかを考えるのだ。

人工的環境は「やればできるぞ!だからがんばれ」と
多くの人に意識的な努力をたくさん強いることで発生するものの多い。
「トレーニングせよ」「勉強せよ」「習慣にせよ」「24時間365日やり続けよ」「規則守って」
学校や集団での教育とか、業界内での競争、宗教や会社を信じることとかまさにそう。
やがてそれらは、まるでそこに生活する人にとって絶対真理のように定着していく。
それが楽しく気持ちよくやれるように設計させていればなおよし。

しかし、辛く苦痛的でつまらないものはよろしくない。
やっぱり人間なのでね。キツイことを定着させようとすると
どこかで無理がたたってしまう。
人だもの。無理はせず、自然体でありたいもの。
「休みたいときもはしゃぎたいときもあらぁ!嫌なことより好きなことをやりたいあらぁ!!!」
故にできるだけ、意識的努力を強いない自然体な行動を促進させる設計をしたいものだ
遊びみたく。趣味みたく。

あと加えてもうひとつ。やり方によっては、人工環境は
自然環境の原則似たような強力な環境空間を勝手に作り出すこともできる。
まるで、魔術師が作り出す独壇場の様に。
その方法とはテクノロジーを利用すること。
テクノロジーによってできることが(物理的に)変化すれば、環境もまた変化する。
例えば、電気という発明と定着より・・・
夜も明るくなり、ついつい夜更かしをしてしまう人が増えたように。
家電を動かして、手作業で長時間かかっていた家事の負担を減らしたりから人を解放し、
やがてはそれが女性の社会進出に繋がったり。
こんな具合に。

ここ数百年、テクノロジーは次々咲き乱れる百花繚乱状態だ。
機械化や自動化や効率化もすすみ、人工環境はどんどん大きく強力なっていく。
それは人力だけではなし得なかった範囲にまで拡張してゆく。
人力だけでは空を飛べなかっただろう。
人力だけでは時速100キロを超えなかっただろう。
そして人手によるもの、意識的に努力する部分はどんどん少なくなってきている。
人の手を離れて、勝手に回り続ける。
もうここまでくれば、人(個人の目線)からすれば自然環境と大差ない。
言葉やかつての常識による説得もいらぬ。
脅しもいらぬ。
無意識についついそう振舞わざるを得ない。
故にできるだけ、テクノロジーでできることを増やしておきつつ、健康と幸福を
無意識に実行してしまうデザイン設計をしたいものだ。

人工環境をつくっている三大要素

さて、ここまでの話からわかるように、
変化(○○現象)を起こしたいならば、
自然の絶対的原則を守った上で、人が動かせる環境は
人工的な環境をつくる必要がある。
そして、人工環境の中では、
膨大な要素が絡み合い影響しあっている。
まるで化学番組で色んな薬を混ぜて「ボンっ」と化学反応を起こすみたいに。
要素は実に膨大に存在しているが、
人間目線で区別すると、ざっくり大まかに3つの要素から成り立っている。
それは、
人類
創造物
強制システム
この3つだ。

人類

人類・・・こいつがいなきゃ人工環境は何も始まらない。
けっこう高度な心と知性と技術力を持つ存在で、
0から1を、1から100をつくり出し、使っている。

まるで魔法使いが自分に有利な独壇場(ホームグラウンド)を作り出すように。

一つ目は心。人類一人一人が持つ感情や意思や自我といった精神的なものをさす。
それぞれの環境に適応するために、
それぞれの環境に合わせて心の反応は変化する。
辛ければ泣いてリラックスし、死にそうなときは怒りで馬鹿力を発揮し、
幸せで楽しければ喜んだり笑ったりする。
競争激しい会社では意識高いやり手、
面倒で難しくて苦手な勉強をするときは、子どもみたいにやる気がダダ下がる。
バカやった古い友人達とは、リアクション芸人みたいなイジラレ役。
安心できる家庭(妻)には甘えん坊になる・・・
こんな風に状況に適応するために、心は反応し、新しい心を作り出す。
そして、直感的に判断して行動しようとする。

良くも悪くも想像力が豊かで他の人と連携して色んな共同幻想を作り出り、
自分達の行動に影響を与えている。
当たり前や常識、価値観や倫理や宗教、言語や噂話や大流行○○ブーム・・・
果ては人間関係における立ち位置とかまさにそうだろう。
共同幻想は物理的な強制力はないが精神的な影響を与えるため、
これを一人で逸脱するには
かなりの勇気がいる。

もし共同幻想を変えたかったらどうすればいいのだろう?
例えば・・・そうっ!結婚に例えてみよう。
「結婚は幸せ、未婚はみじめ」という結婚至上主義の世界で皆が結婚する中であえて未婚を貫く・・・
法律違反ではないが実に居心地が悪く勇気がいる。
しかし、「あえて未婚をする人」が一定数を増えてくると
結婚は至上的なものではなくなっていき、そのまま数が増えていけば
「独身は自由、結婚は人生の墓場」という独身主義なる新たな共同幻想が市民権を得る。
つまり、共同幻想はその幻想を信じる人がいなくなってしまうと弱まり、
新しい幻想を信じる人が増えれば新たな共同幻想が生まれる。

お次は知性(理性)。要は思考する力。
知性により今までなんとなくやっていたことや仮説を
思考して試して言語化(レシピ化)することで、
確実に成功(再現)できる術を身に着けるようになっていく。

最後は技術力。身体的特徴である手先の器用さと
知識(レシピ)の蓄積はやがて頭の中で想像していることを
実現する技術力を加速的させてゆくっ・・・!

心・知性・技術・・・三要素によって人は色んなもの(要素)を作り出し、
自分に有利な状況をつくっていく様はまさに魔法使いみたいだ。
こう聞くと人工環境の中で一番頂点に君臨している要素に思ってしまうが、
「0から1を、1から100を作り出し定着させる」と
自らのつくったものたちに
逆支配される性質を持っている。
あくまで環境を形成する一要素に過ぎない。

強制システム

「強制システム」は創造物や心が作り出す共同幻想の一種だが、
ここでは「大人数の人間社会を維持するため」、「問題を起こさない」ことを
求めて作り上げた強制力があるものと定義しておこう。
例えば、 法律や規則やお金(資本主義)とかがその代表格。

最初は多くの人の連携(国レベルの協力)によってつくられるが一度完成すれば、
おいそれと変更することはできず、人を支配して大規模な秩序をつくりあげる。
強力強大にして厳格で実行力もあり、守らないとペナルティを受けてしまうので
自然環境原則の次くらいに守らなければならない(逆らってはいけない)になっている。
たとえ最高権力者であってもシステムに逆らうことはできない・・・・っ!!!

しかし強力強大であるが故にかなりたくさんの人が意識的に努力しないと強制システムは維持できない。
おまけに柔軟性がないため、
変化の激しい環境(実態)にそぐわず悪影響を出してしまうこともよくある。
もし、悪影響を与えている存在と化してしまった強制システムを変えたいならば、
共同幻想と同じくそのシステムを認めない人達や変わり価値観を信じる人を増やすしかないだろう。

創造物

人が心や知性と技術力を駆使して、
あらゆる制限と実態環境の中でつくられたもの達や
利用価値を見出されたもの達と定義しておこう。
例えば、テクノロジーやノウハウ、新しい資源、生きる上での必需品、無駄だけど心に来るもの。
農業、機械、情報、ネット、芸術、哲学、学問や研究、娯楽などなど・・・・
何ページあっても書ききれない程だ。
実に・・・実に多種多様で無数に存在し互いに影響を与え合っている。

初期のひとつひとつの創造物の影響力は微々たるものだが、
使っている数が臨界点を超えて大規模定着すれば絶大な影響力を発揮し、
時には制限や実態環境自体を造り変えてしまうことがある
それはまるで、自然の法則が変わってしまったかのようにさえ感じる。
例えば、
農業革命は食料安定供給や定住概念と人口爆発もたらしたし、
産業革命は人力では不可能な大量生産をもたらした・・・
まさに文字通り革命的・・・っ!

それが登場する以前と以後では世界はガラリと違い、
もはや新しい振る舞いが自然と規定されてしまう程に。

また予期せぬ変化や影響を与えやすいもの創造物の特徴。
100年前インターネットやAIの登場は予見できなかっただろうし、
現代でさえ、「こんなん絶対あかんやろ」「流行らん」と思える
常識外れで予想外なコトがホイホイ起きて
未来を予言を的中することは実に・・・難しい。

だが、それだけチャンスがあるとも言えよう。
少ない人数と少ない労力でも創造物をつくることはできるようになってきたため、
実態環境に適応する柔軟性がある。
さらに、さらに、さらに・・・
うまくすれば、自然環境並の強力な影響をつくりあげ、
新しい行動や現象を無理することなく自然に発生させることもできるだろう。

最も強い要素は創造物?激動21世紀に合いそうな変化の起こし方とは?

「自然環境」というフィールドの上に踊り続ける
「人」「強制システム」「創造物」。
この三要素は、三つ巴的な関係であり、
鶏と卵的な関係(どっちが先がよくわからん関係)でもある。
どの要素から攻めるか、そして最終的にはどうやってこの三要素をバランスよく
織り交ぜるかが重要だ。
仮に創造物から攻めた場合、
人が認めなければ使われないし、強制システムに違反すれば潰されてしまう。
一要素が頭一つ抜き出たままだと失敗してしまうのだ。
逆に人に認められ、やがて強制システムが変更されるのなら、その現象は長続きする。
だから現象を大きくしたり定着させたいときは、
「人」「強制システム」「創造物」の三要素を絶妙に配合する必要があるのだ。

「なるほど。3つの要素はどんな感じがわかった。関係せいも
なんとなく。でも、どうやって攻略するばいいの?」

ここまで散々能書きをたれておいてあれかもしれないが・・・
ケースバイケースとしか言えない。わからない。
人が介在する環境は変化し続けているので、
過去の成功例を再び現代の成功例にすることはできない。
わからないけど、自力でつくるしかない。
だが、あえて・・・わからないコトを受け入れた上であえて述べたい。
あえて序列をつけるならこんな感じになるだろう。

環境が成熟し安定した時期では、
「自然環境>強制システム>人間>創造物」か、
「自然環境>強制システム>創造物>人間」という力関係で
現象を発生させる。

だが、黎明期や激動期になると
「自然環境>人間>創造物>強制システム」か、
「自然環境>創造物>人間>強制システム」という力関係で
現象を発生させる。

現在(21世紀)はどちらかと言えば黎明期や激動期に属するだろう。
さてと、激動し続ける現在において
いいニュースと悪いニュースがある。

まず悪いニュースから。
極端な不平等と不足感が存在する社会環境では、
持つ人は優位さを維持するための勝負を、
持たざる人は生存するための勝負を仕掛けざるを得ない。
故に持つ者も持たざる者もオチオチしていられない。競争し続ける。
極端格差な環境からの逃げ道を皆が(最低でも持たざる者が)確保するか、
あるいはある程度格差の幅が収まらない限りこの競争激動は続く。

次はいいニュースだ。
成長を加速させているテクノロジー(創造物)によって
物理的にできることを増やし続け、次々と予想外な現象をつくり続けている。
それは自然環境に似た強力な法則空間を発生させて、
人の行動と思考をナチュラルに変えてしまう。
それは人が持つ共同幻想や強制システムの威力を霞ませてしまう程に。
つまり昔に比べて変化を起こしやすくなってきている。
チャンスがたくさん転がっているともいえる。

さらにもうひとつ、いいことがある。
といってもまだ「もしかしたら」願望に過ぎないのかもしれないが、
その可能性は日々高まっている。
もしかしたら、テクノロジーは今まで物理的に不可能だった
「極端な不平等と不足感による競争社会」からの
逃げ道を作り出してくれるかもしれない。
エネルギーと食料と労働をテクノロジーが必要なぶんだけ肩代わりしてくれれば、
豊かさを確保できる。豊かさが確保されれば、
生存するための決死の競争から脱出することができる!!!
そうなれば、 人類の悲願「極端な不平等と不足感による競争社会」は終わりを告げて、
競争は余暇の一種と化し、
今までよりも平和で安定しやすい世の中がつくれるかもしれない。

話が長くなってしまったが、
まとめると、
21世紀は激動期であり、変化が起こしやすい。
特に創造物(テクノロジー)による環境改変が起こしやすい状態になっている。
テクノロジーによる改変は自然環境による改変によく似ていて
ナチュラルにそうせざるを得ない状況を作り出せる。
なので、
創造物(テクノロジー)を通じて
物理レベルで
望む現象が起きるように仕向ける環境をデザインしてしまおう。

 

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「世界を痛快一変する」こと信条に企てを実行するKAIDENDOの創始者。 強みは、人と組織の持つ世界観を芸術化できること。 その強みを活かし、人や組織の持つ理念を芸術可視化するサービス「RINE」運営。 現在は、ライフログサービスYATAABA開発中。

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