「見方に絶対正解なんてない」受け手は新しい見方をつくる創造者 

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今の世の中・・・「???なんじゃぁ・・コレは!!!」と
思えるものが多い。

よくわからないものとされているものにでくわすと、
自分の頭で考えるようも反射的に既にある答えを探し出そうとしてしまう。その方が効率的だからだ。

特に、現代はわからなければ検索してすぐに調べることができるので、すぐ答えを探す欲求に
駆られる。

例えば、芸術とかに例えてみよう。
おそらく芸術とかよくわからないものランキングの筆頭にあげられているのではないだろうか?
作品には、権威者による解釈がついている。

偉い人や権威ある人が「これは、こうゆう価値がある」「これが正解だぞ!!!」というと
ついついそればかりが正解であると感じてしまうことが多々ある。
そのこそが、絶対的な正解であると思い込んでしまうのだ。

これは、小さい頃から、ただひとつの答えを導きださなければならない
教育を受けたコトに起因しているのかもしれない。
理解しないといけない、正解を見つけないといけない、権威者と同じ答えを出さないと正解としてみなされない。
正解なら褒められ、間違いなら怒られる。

でも、でも、でも・・・
果たしてそれは正しいのだろうか?
別にたったひとつの答えをぴたりと当てるクイズ大会や学校のテストをしているわけではない。

鑑賞者もまた創造者

絶対的な正解はない。
制作者であれ、その道の権威者が解釈や意見を話したとしても、
それはあくまでたくさんある見方や軸や解釈や正解のひとつに過ぎない。
権威者の意見は正しいかもしれない。けど、同時に自分や他の人の持つ意見も正しいのだ。

まずは、他の見方に合わせる必要はない。
それよりも、自分の目で作品と対面してみて、
どうゆう解釈や価値、見方や意味を見出したのかが
大事、大事、大事なのだ!!!

1つの見方では、一つの価値しか生まない。
もしくはそれ以外の価値を排除してしまう危険すらもあったりする。

だが自分なりの見方をするということは、
作品(対象)に新たな命と価値を付け加えることである。

これもまた、実に創造的な行為だ。
作品の鑑賞者もまた創造者の一員なのだ。
そうすることで、世の中に新しい価値が生まれ、もっと痛快になる。
それに、自分なりの見方をするというのは実に楽しい。

その後で、権威者や他の人達の意見も自分の見方と一緒に楽しめばいいいのだ。

この私・・・中村卓矢も作品に、色々と情報や意味をつけているが、
これもあくまで・・・あくまでたくさんある意見の内のひとつの意見に過ぎない。
そもそも作品をつくろうとするとき、全てをロジカルに言語化はできていないから
「何を伝えたかったのだろう」「こんな意味があるんじゃないかな」
と思って、つくっている。

さいごに

解釈に正解はない。解釈は自分でつくりだしていいのだ。

もし、日常で作品と対面する機会があるのならば、是非自分なりの解釈をしてみてほしい。
時には文章で、時にはボディランゲージや絵など非言語的な手段で。
時にはそれ以外の方法で・・・。

自分なりの視点を表現し、つけ加えて新しい価値をつくってみるコトを楽しもう!!!

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「世界を痛快一変する」こと信条に企てを実行するKAIDENDOの創始者。 強みは、人と組織の持つ世界観を芸術化できること。 その強みを活かし、人や組織の持つ理念を芸術可視化するサービス「RINE」運営。 現在は、ライフログサービスYATAABA開発中。

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