素朴で木霊がでそうなミニマムな曲、伊福部昭の「ラウダ・コンチェルタータ」

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ようこそ、ようこそ、ようこそ!クラシックとゲームBGMが好きな中村卓矢です。

素朴にして雄大、そして民族のダイナミックパワーが炸裂する曲はお好きですか?
例えるならば、屋久島の様な、ジブリの「もののけ姫」のような世界観。
太古の森と、そこに住まう神々や精霊が登場するかのようなあの感じです。

今回はそんなシャーマニズム溢れる伊福部昭の「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」の
話を分かち合いたと思います。

血滾る作曲家・伊福部昭の「ラウダ・コンチェルタータ」

作曲者はどんな人なのか?

伊福部昭は、日本の純音楽、ゴジラを始めとした約300本もの映画音楽、音楽教育において
頂点を極めた日本を代表する作曲家です。

祖父の代までは60代以上続く神官の家系で家学として「老子」をたたきこまれ、少年時代はアイヌ文化が色濃く残る北海道の村で過ごし、「民族が違うとここまで美観も変わるのか」とショックを受ける。

その体験から「芸術は民族の特殊性を通過して共通の人間性に到達しなければならない」という信念を持ち、一貫し続けた創作を続けた。

作曲の背景

さぁて、そんな彼がつくった打楽器協奏曲である「オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ」はどんな背景でつくられたのか?

科学と経済が優先され、どこか暖かさを失い始め、画一的で無機質になっていった1970年代。
戦後の音楽アカデミックの世界も同じく・・・。「科学!進歩!斬新!」「科学!進歩!斬新!」さが持てはやされ、どんどん難しく無機質で画一的になっていた。

そんな中、多忙を極めに極めた映画音楽の仕事から開放され、東京音楽大学の教授そして学長となり、音楽教育者としての道を再び歩き始めた頃に「ラウダ・コンチェルタータ」つくられた。

冷遇されても、創作姿勢は変わらない。流行や名声に流されず、「民族に即した」曲を作り続けた。

作曲者曰く「司伴楽風な頌歌(たたえる歌)」「ゆるやかな頌歌風な楽案は主としてオーケストラが受け持ち、マリンバは、その本来の姿である打楽器的な、時に、野蛮にも近い取扱がなされています。この互いに異なる二つの要素を組み合わせること、言わば、祈りと晩性との共存を通じて、始原的な人間性の喚起を試みた」と語っている。

戦後からこの頃まで、伊福部の曲は、「時代遅れ」とレッテルを貼られた冷遇の時代だった。
だが、この「ラウダ・コンチェルタータ」が完成・演奏した1979年頃から、
まるで季節が一巡し厳しい冬から春がやってきたかの様に、
伊福部昭は再び評価され始めたのだった。

聴衆、そしてかつては伊福部に批判的だった人達をも唸らせ、CDや演奏の企画が次々に行われる様になったのである。

 

まとめ 太古の森のカムイ(精霊)を称えている様な曲

西洋文化にはない、太古の大樹の森・・・そうっ!原初的な太古の精神が溢れる世界!

マリンバとオーケストラの音が実に独特で、時には太古の森に住まうカラカラと動く不思議で小さな精霊、
時にはマリンバが律動的にガムランみたく音響が増幅していく。まるで太古の神々の登場を表しているかの如く。
それらを称えるかのようにユーラシア的でシャーマン的エネルギーが炸裂するっ!

 

独断と偏見に基づく劇場型感想

※山田一雄指揮、安部圭子マリンバ新星日本交響楽団1979年初演奏版に沿って感想を書いています。
※時間は上記演奏(動画)に沿って書いています。

0:00
「ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ」
なんか悲しい・・・悲愴感や不安、哀愁に溢れている。
厳しい自然の世界。厳しい自然の掟。またまたは自然への畏怖を失ったことに対する怒りか・・・。

02:28頃
マリンバの登場だ。ガムランのように鳴っている。
素朴でまろやか・・・。
村の近くにある太古の森、そこで生きるシャーマンの部屋に入ったの様な。
呪術の道具が並んでいる。実に摩訶不思議で、俗世離れした空間。
だが、なんでだろう・・・・落ち着くのだ。

03:33
外に出て、神が住まうといわれる聖域、鬱蒼とした太古の森の中を歩いていく。

04:20頃
マリンバが律動的に疾走し始める。
一歩・・・、また一歩・・・。
森の奥に向かって歩くたび、木木の、森も、大地の生命力の息吹を感じる。
そしてそれらに宿るといわれているカムイ(アイヌ語で神格を持つ霊的存在という意味)・・・
姿はまだ隠れて見えないが森の木霊達の声が賑やかに森の奥からか聞こえてくる。

07:58頃

悠久と時の中、原初の頃からの姿を保っている太古の森。
霧に包まれている。まるで神秘のベールに包まれているかのように。
樹齢何千年、太く高くそして大きくそびえ立つ木々。
大地やその上にある朽ちた木や巌までも苔や大樹の根っこで覆われている。
湧水から出来た小さな小川。
時には、そこに住むシカや野鳥の動物が姿を現す。
コロコロっと音を立て人に姿が見えないように覗き、森の中を自由に動き回るカムイ達。

14:42頃
森の最深部・・・見渡すとそこにあるもの。それはとてつもなくでかい大樹、
そしてその前には開けた場所がり、
波ひとつない凪の池が広がっている。

見えない、まだ何も見えないがとてつもない・・・・力を・・・力を感じる。
ドンドンドンと巨人の如く歩く、神々のような存在。
人間を超えた何かの力を・・・感じる・・・・。

21:05頃
マリンバ再びっ、躍動し疾走し始める!
この太古の森の最深部で、
神を称える歌「頌歌」が始まった。

両手を上げっ、時にはジャンプしっ、波を打つかのように!!

「↑↑↑↑↑↑~↓↓」「↑↑↑↑↑↑~↓↓」

人の原初の心を揺さぶり回帰を始めるっっっ!!!

木漏れ日が差し込み、池は輝き始める。
静まり帰っていた森が、だんだん賑やかになっている。
霧が晴れ、神秘のヴェールに包まれた森の木霊や精霊、神々が、カムイ達がその姿を現していくっ・・・!

躍動感溢れ自由に動く小さいものから、ノッシノッシと巨人の如く動く大きいもの、
人のような形から、四足歩行の獣のような形のものまで、
鳥の様に空を飛ぶものもいる。
木々の間や、枝の上、池の周りに集まっているっ!!!

「ワァァァァァ」

最後はカムイ達からエネルギーを賜り、カムイと一体化していくことを歓喜しているかのように
頌歌は幕を迎えるのだった。

この曲を聞いているとそんな世界が想い浮かぶ。

 

BGMとして使うならば

BGMとして使うならば、やはり、人の手が入っていない森に入る時、
神秘のヴェールに包まれた聖域のような森のBGMとして使えるだろう。

既存のもので例えるならば、そう・・・
屋久島の様なところ、もののけ姫的なもの。

原初に回帰して力を蓄えたい時、
森林の奥にある社や寺、
苔に包まれた石像、
自然に宿る精霊や神秘的なもののテーマ。
苔に包まれたところ、
シャーマンや呪術的な儀式のテーマ、
人の手があまり入っていない場所・・・・

などなどに使うといいかもしれない。

お奨め

演奏版としては、山田一雄指揮、安部圭子マリンバ新星日本交響楽団1979年がお奨めだ。

この曲が気にいったのなら、
原初へ至るという視点からなら、

同じ伊福部昭の作品
リトミカ・オスティナータ

神秘的で素朴な力強さという視点からなら
吉松隆の
「交響曲第2番テラにて」の第3楽章
マリンバ協奏曲「バード・リズミクス」

マリンバ的な喜びという視点からなら
黛敏郎の
「ルンバ・ラプソディ」
「シンフォニック・ムード」

などがお奨めです。
どうぞ、素朴で精霊が飛び出してきそうな曲をご堪能ください。

追記(一緒に伊福部コンサート聴きに行きませんか?)

2016年7月10日に伊福部昭の演奏会が神奈川県のミューザ川崎で行われます。
もし、よかったら一緒に聴きに行き、ちょっとお茶でもしながら
伊福部音楽についてお話でもしませんか?
コンタクトは以下のいずれかから、どうぞ!
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「世界を痛快一変する」こと信条に企てを実行するKAIDENDOの創始者。 強みは、人と組織の持つ世界観を芸術化できること。 その強みを活かし、人や組織の持つ理念を芸術可視化するサービス「RINE」運営。 現在は、ライフログサービスYATAABA開発中。

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